はじめに
春になると、お庭の梅の木が、それはそれは見事な花を咲かせてくれる。ピンクや白の花がいっぱいに広がって、ご近所の方にも「きれいですね」とほめられる。それなのに、いざ初夏になって楽しみに実を待っていると、あれ、実が一つもなっていない。「あんなにたくさん花が咲いたのに、どうして実がならないの?」と、首をかしげている方は、じつはとても多いのです。
これは本当に、不思議でもどかしいことですよね。「梅干しを作ろう」「梅酒を漬けよう」と心待ちにしていたのに、肝心の実がなければ、何も始まりません。花がたくさん咲くということは、木そのものは元気な証拠です。それなのに実がならないのには、必ず「理由」があります。そして、ありがたいことに、その理由のほとんどは、原因さえわかれば、ちゃんと解決できるものなのです。
この記事では、「花は咲くのに実がならない」という、梅のいちばん多い悩みについて、その原因を四つにしぼって、庭師の目線でとことんわかりやすくお伝えします。「うちの梅はどれにあてはまるかな」と考えながら読んでいただければ、きっと「これだ!」という原因が見つかるはずです。そして、その四つの原因のうち、じつにいくつもが「剪定(せんてい=枝を切って整えること)」と深くかかわっています。この記事を読み終えるころには、「来年こそ、きっと実をならせてみせる」と、明るい気持ちになっていただけるはずです。それでは、一緒にその謎を解いていきましょう。
そもそも、花が実になる仕組みを知ろう ~「受粉」というひと手間~
実がならない原因をさぐる前に、まずは「花がどうやって実になるのか」その仕組みを知ることが大切です。なぜなら、この基本がわかると、四つの原因がすっきりと理解でき、対策も自然と見えてくるからです。
花が実になるためには、「受粉(じゅふん)」という大事なステップが必要です。受粉とは、花の中にある「おしべ」の花粉が、「めしべ」の先につくことをいいます。この受粉がうまくいって初めて、花のもとがふくらんで、実になっていくのです。言いかえれば、どんなにたくさん花が咲いても、この受粉がうまくいかなければ、実は一つもならないということなのです。
■たとえるなら「花どうしのお見合い」
イメージしやすいように、お見合いにたとえてみましょう。受粉とは、いわば花どうしの「お見合い」のようなものです。お見合いがうまくいって初めて、新しい命(実)が生まれます。ところが、このお見合いには、いくつかの「うまくいかない事情」があります。お相手がいなかったり、仲を取り持つ人がいなかったり、お見合いの日にちが悪かったり。じつは梅の「実がならない」という悩みも、この受粉というお見合いが、何らかの理由でうまくいっていないことが、とても多いのです。
■梅は「自分だけ」では実りにくいことがある
ここで知っておいていただきたい、大切なことがあります。梅の品種の中には、自分の花粉では実をつけにくい、「お相手が必要」なタイプがけっこうあるのです。人間でいえば、一人ではなく、パートナーがいて初めて家族が増えるのと似ています。この性質を知らないと、「一本だけ植えているのに、なぜか実がならない」という悩みにつながってしまいます。
つまり、実がなるには「受粉」というお見合いの成功が欠かせません。この仕組みを頭に入れておくと、これからお話しする四つの原因が、ぐっとわかりやすくなります。
原因その1:受粉してくれる「相棒」がいない ~一本だけでは実りにくい~
実がならない原因でいちばん多いのが、「受粉を助けてくれる相棒の木がいない」というものです。なぜなら、先ほどお話ししたように、梅には自分の花粉だけでは実をつけにくい品種が多く、近くに別の品種の梅がないと受粉できないことがあるからです。
くわしく説明しましょう。梅には、自分の花粉で実をつけられる品種(自家結実性=じかけつじつせい)と、自分の花粉ではほとんど実をつけられない品種(自家不結実性=じかふけつじつせい)があります。後者の品種を一本だけ植えていると、いくら花が咲いても、受粉のお相手がいないため、実がならないのです。これは木が病気なわけでも、弱っているわけでもありません。ただ「パートナーがいない」だけなのです。
■具体的な対策:別の品種をそばに植える
対策はシンプルです。近くに、別の品種の梅の木を植えてあげればよいのです。大切なのは「別の品種」であること。同じ品種を二本植えても、受粉の相性が悪いことがあるので、ちがう品種を選ぶのがコツです。植えるときは、ミツバチなどの虫が花粉を運びやすいよう、あまり離さず、できれば数メートル以内の近い場所に植えるとよいでしょう。
■庭が狭くて二本も植えられないときは
「そんなに広い庭はない」という方もご安心ください。一本の木に、別の品種の枝を接ぎ木(つぎき)するという方法もあります。また、花の咲く時期に、別の品種の梅の花の枝を一本もらってきて、花びんにさして木のそばに置いておくだけでも、虫が花粉を運んでくれて受粉することがあります。ちょっとした裏わざですが、昔から使われてきた知恵です。
つまり、一本だけ植えていて実がならないなら、まず「相棒がいないこと」を疑ってみてください。別の品種の梅を近くに植えるだけで、長年の悩みがうそのように解決することがあるのです。
原因その2:花粉を運ぶ「働き者」が足りない ~ミツバチ不足~
二つ目の原因は、「花粉を運んでくれる虫が足りない」というものです。なぜなら、梅の受粉は、おもにミツバチなどの虫が花から花へと花粉を運ぶことで成り立っているため、その虫がいないと、相棒の木があっても受粉できないからです。
梅の花が咲くのは、まだ寒さの残る早春です。じつはこの時期は、ミツバチなどの虫がまだあまり活動していない、肌寒い季節でもあります。とくに、花の咲いた日が寒かったり、雨や風の強い日が続いたりすると、虫が飛ばず、花粉が運ばれないまま花が散ってしまうのです。せっかくお見合いのお相手がいても、仲を取り持つ仲人(なこうど)さんがいなければ、話は進みませんよね。
■対策その1:人の手で受粉を助ける
虫が頼りにできないときは、人間が仲人さんの代わりをしてあげましょう。やり方はとても簡単です。やわらかい筆や、綿棒、あるいは耳かきの梵天(ぼんてん)のようなふわふわしたものを使って、花の中をやさしくなでるのです。一つの花の花粉を筆につけて、別の花の中をちょんちょんとなでる。これを花から花へとくりかえすだけで、人の手で受粉を助けることができます。これを「人工授粉(じんこうじゅふん)」といいます。気の長い作業に思えますが、晴れた暖かい日に、楽しみながらやってみてください。
■対策その2:虫が来やすい環境を作る
ミツバチなどの虫に来てもらいやすくする工夫もあります。庭にいろいろな花を植えておくと、虫が集まりやすくなります。また、強い殺虫剤をむやみに使わないことも大切です。虫を遠ざけてしまっては、せっかくの受粉の助っ人を追いはらうことになってしまいます。
つまり、相棒の木があっても実がならないなら、「花粉を運ぶ虫が足りない」のかもしれません。寒い時期や天気の悪い年は、人の手で受粉を助けてあげることで、実りをぐっと増やすことができます。
原因その3:肥料のバランスが悪い ~栄養が「葉ばかり」に向かっている~
三つ目の原因は、「肥料のあげ方がまちがっている」というものです。なぜなら、肥料の成分のバランスが悪いと、木の栄養が実ではなく、葉や枝を茂らせるほうにばかり使われてしまうからです。
肥料には、おもに三つの大切な成分があります。「チッ素」「リン酸」「カリ」です。このうち「チッ素」は、葉や枝をぐんぐん茂らせる働きをします。一方「リン酸」は、花を咲かせ、実をならせる働きをします。ここで問題なのが、チッ素ばかりが多い肥料をあげすぎると、木は葉や枝を茂らせることにばかり夢中になり、実をつけることがおろそかになってしまうのです。
■たとえるなら「背ばかり伸びて実が後回し」
これは、成長期の子どもが、背ばかりぐんぐん伸びている状態に少し似ています。エネルギーが体を大きくすることに使われていると、ほかのことが後回しになる。木も同じで、チッ素が多すぎると「体を大きくすること(葉や枝)」にばかり力を入れて、「子孫を残すこと(実)」が後回しになってしまうのです。葉ばかりがやたらと青々と茂っているのに実がならない木は、この状態を疑ってみてください。
■具体的な対策:リン酸の多い肥料を選ぶ
対策は、実をならせる働きをする「リン酸」の多い肥料を選んであげることです。園芸店で肥料を買うとき、袋に書かれた三つの数字(チッ素-リン酸-カリの順)を見て、まん中のリン酸の数字が大きいものを選ぶとよいでしょう。「花や実をつける肥料」「実もの用」などと書かれたものが、これにあたります。また、肥料をあげる時期も大切で、一般には花が咲く前の冬と、実がなったあとのお礼の時期にあげるのが基本です。
つまり、葉ばかり茂って実がつかないなら、「肥料がチッ素にかたよっている」のかもしれません。リン酸の多い肥料に切りかえるだけで、来年の実つきが変わってくることがあります。
原因その4:剪定のまちがいで「実のなる枝」を切っている
そして四つ目、これが梅の専門サイトとしていちばんお伝えしたい、とても多い原因です。それは「剪定のまちがいで、実のなる枝を自分で切ってしまっている」というものです。なぜなら、梅は花や実のつく枝にきちんと特徴があり、それを知らずに切ると、花は咲いても実のなる枝だけがなくなってしまうことがあるからです。
くわしく説明しましょう。梅の枝には、大きく分けて二つの種類があります。一つは「長く勢いよくのびる枝(徒長枝=とちょうし)」、もう一つは「短くて充実した枝(短果枝=たんかし)」です。じつは、おいしい実がたくさんつくのは、後者の「短い枝」のほうなのです。長くのびた勢いのよい枝には、花は咲いても実はつきにくく、葉ばかり茂りがちです。ところが、剪定に慣れていないと、見た目のじゃまな短い枝を切ってしまい、肝心の「実のなる枝」を減らしてしまうことがあるのです。
■「切る時期」をまちがえても実がならない
もう一つ、剪定で大切なのが「時期」です。梅の花を咲かせる花芽(はなめ=花になる芽)は、夏から秋にかけて作られます。もし、この花芽ができたあとの秋や冬に、枝を切りすぎてしまうと、せっかくできた花芽を、花や実になる前に切り落としてしまうことになります。「よかれと思って秋にバッサリ切ったら、翌年実がならなくなった」というのは、じつによくある失敗なのです。
■具体的な対策:実のなる枝を見分けて残す
対策は、まず「実のなる短い枝」を見分けて、それを大切に残すことです。短くて、ぷっくりした芽がたくさんついている枝が、実のなる枝です。これを切らずに残し、勢いよくのびすぎた長い枝のほうを整理してあげましょう。そして剪定の時期は、基本的には葉の落ちた冬(十二月から一月ごろ)に、木の形を見ながら行うのがよいとされています。花芽を確認しながら、花芽のついた枝を残すように切るのが、失敗しないコツです。
■正しい剪定は、すべての原因の土台になる
じつは、正しい剪定は、この四つ目の原因を解決するだけではありません。風通しと日当たりがよくなることで木全体が健康になり、花つき・実つきがよくなります。さらに、受粉を助けるミツバチも、風通しのよい明るい木のほうが訪れやすくなります。つまり、剪定はほかの三つの原因にもよい影響をあたえる、まさに「実りの土台」なのです。
つまり、「花は咲くのに実がならない」原因の中でも、剪定のまちがいはとても多いものです。実のなる短い枝を見分けて残し、正しい時期に切ること。これを覚えるだけで、来年の実りが大きく変わります。「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という昔の言葉のとおり、梅は正しく切ってこそ、たくさんの実で応えてくれるのです。当サイトの剪定記事も、ぜひあわせて参考にしてください。
読者からよくある質問(Q&A)
Q1. 植えてから数年たちますが、一度も実がなりません。なぜ?
A. まず考えられるのは、木がまだ若くて「実をつける準備ができていない」ことです。梅は植えてから実がなるまで、数年かかることがあります。それ以上たっているのに実がならない場合は、本文の四つの原因、とくに「相棒の木がいない」「実のなる枝を切ってしまっている」を疑ってみてください。
Q2. 一本だけでも実がなる品種はありますか?
A. はい、あります。自分の花粉で実をつけられる品種(自家結実性)を選べば、一本でも実がなりやすくなります。これから木を植える方や、庭が狭くて二本植えられない方は、苗木を買うときに「一本でも実がなる品種」かどうかを、お店の方に確認するとよいでしょう。
Q3. 花が咲いてすぐ散ってしまいます。これも原因ですか?
A. 関係していることがあります。花が咲いたときに寒さがきびしかったり、雨風が強かったりすると、受粉できないまま花が散ってしまいます。こうした年は、晴れた暖かい日をねらって、筆などで人工授粉を助けてあげると、実つきがよくなります。
Q4. 人工授粉は、本当に効果がありますか?
A. はい、とても効果があります。とくに、虫の少ない寒い時期や、相棒の木がない場合に役立ちます。別の品種の花粉を筆につけて、めしべにつけてあげるのがポイントです。手間はかかりますが、確実に実つきを増やせる方法なので、ぜひ試してみてください。
Q5. 肥料は、いつ、どれくらいあげればいいですか?
A. 基本は、花の咲く前の冬(一~二月ごろ)と、実がなったあとのお礼の時期です。量は木の大きさによりますが、あげすぎは禁物です。とくにチッ素の多い肥料をあげすぎると、葉ばかり茂って実がつきにくくなるので、実もの用のリン酸が多い肥料を、適量あげるようにしましょう。
Q6. 葉ばかり青々と茂って、実がつきません。どうすれば?
A. それは、チッ素肥料のあげすぎか、勢いのよい長い枝が多すぎるサインかもしれません。リン酸の多い肥料に切りかえ、勢いよくのびすぎた枝を整理してあげましょう。木のエネルギーが、葉ではなく実のほうへ向かうように仕向けるのがコツです。
Q7. いつ剪定すれば、実のなる枝を切らずにすみますか?
A. 基本は、葉が落ちた冬(十二月から一月ごろ)に行うのがおすすめです。この時期は花芽(ふっくらした芽)が見分けやすく、それを残しながら切ることができます。秋に切ると花芽を落としてしまうことがあるので、注意しましょう。
Q8. 実のなる枝と、ならない枝の見分け方を教えてください。
A. 目安として、短くて、ぷっくりした丸い芽がたくさんついている枝が、実のなりやすい枝です。反対に、まっすぐ勢いよく長くのびた枝は、葉ばかりで実がつきにくい枝です。剪定のときは、短い枝を残し、長すぎる枝を整理するのが基本です。
Q9. 去年はなったのに、今年は実がなりませんでした。なぜ?
A. 梅には、たくさん実った翌年は実が少なくなる「隔年結果(かくねんけっか)」という性質があります。木が実をつけることに力を使いはたし、ひと休みしているのです。これを和らげるには、実がなりすぎた年に適度に実をつみ取る「摘果(てきか)」をして、木の負担を減らすとよいでしょう。
Q10. いろいろ試しても実がなりません。どうすればいいですか?
A. 四つの原因をひと通り見直しても改善しない場合は、木の種類や植わっている環境に、特別な事情があるのかもしれません。そんなときは、植木屋さんや園芸店の専門家に、実際に木を見てもらうのがいちばんです。プロなら、品種の特定から、その木に合った剪定まで、的確にアドバイスしてくれます。
「花は咲くのに実がならない」という悩みは、もどかしいものですが、原因さえわかれば、ほとんどが解決できるものです。相棒の木、花粉を運ぶ虫、肥料のバランス、そして剪定。この四つを一つずつ見直していけば、きっとあなたの梅も、実をならせてくれるようになります。とくに剪定は、ほかのすべての原因にもよい影響をあたえる、いちばんの土台です。今年うまくいかなくても、どうかあきらめないでください。木は、手をかけた分だけ、必ず応えてくれます。来年の初夏、あなたの手のひらにぷっくりした梅の実がのる日を、楽しみにしていてくださいね。やっぱり、梅の木って最高です。

